本のイメージをそのまま電子ブックにする必要はないんじゃないか
(1月15日に書いたものとおなじです。題名だけ変えました)
ありがたいことに、うちの本をモバイルで配信したいといってくださる会社さんがありまして。
電子ブックとかオーディオブックとか、本をデジタル化することにうちの会社はめっちゃうとくて、自社でデジタル化するなんてことが可能になるのはいったい何年先の話だ?みたいな状況なので、こういうお話はとてもありがたい。
そんなわけで、先方からご希望のあったもの&こちらからのご提案を受けてくださったものの、いくつかの商品のDTPデータを先方さんにお渡しし、先方さんで携帯電話で読めるかたちにデータを変換していただき、携帯配信サイトへの登録等もしていただきと、ほとんど全部丸投げしたわけで。
その配信がどうやら、始まったらしい。そのデータが保存されてる携帯電話で画面を見せてもらったのだけど、本文はもちろん、図版も紙の本とおなじものがそのまま見られるし、見出しまわりのアイコンなどもかなり忠実に配置されてて、すごいなぁと思った。
うん。「紙面」のイメージそのままをかなり上手に「携帯電話で読めるデータ」に変換してある。
でもね、思うんだ。
紙面のイメージは、紙の本で読んだときに読みやすかったり、紙面の特定の場所に視線を集めたりを目的につくってる。それをそのままデータ変換しても、携帯電話で読んで読みやすかったり、画面の特定の場所に視線を集めることができたりは、しないよね。
紙面で見たときの見やすさ・読みやすさと、画面で見たときの見やすさ・読みやすさは、違うはず。なのに、紙面のイメージをそのまま損なわず電子化することにこだわるのって、違うんじゃないかと思うんだ。
モバイル版にしろ別のものにしろ、電子ブックをつくるなら、電子ブック用に本文の組み直しが必要なんじゃないか。改行の入れ方とか、空き行の使い方とか、紙で読む文章とディスプレイで読む文章では、ぜんぜん違うじゃん。その違いを気にせず、あるいは無視して、紙の本そのままの組みを電子化するのは、つくり手側の怠慢かなぁと思ったり。読み手に対する愛情が足りない作業かなぁと。
それでいうと、紙の本をつくるための組版ソフトでつくったデータから電子ブックへとコンバートしなくちゃいけない理由っていうのも、実はないのかもという気がしてくる。紙に印刷することなく、最初からディスプレイで読まれることを想定するなら、たとえばそれを意識しながらOpenOfficeのワープロソフトとかでレイアウトを作成し、そのままPDFとかに吐き出すのでもいいんじゃないか。それで充分に「電子ブック」としての要件を満たせるんじゃないか。そんな気がしてくる。
もし、読み手の側がそれで充分だと感じるなら、現在販売されているAcrobatが使えない古いMacと古いQuarkXPressしかないうちの会社でも、自社でPDF化はできるなぁ。印刷用のデータからテキストをとりだして、OpenOfficeに流し込めばいいだけだから。あとは改行・空き行を増やして、見出しや小見出しのフォントを少しいじるだけ。「見開きでのデザインの印象」とか、あまり関係ないものね。
などということをつらつら考えてるうちに仕事が滞った今日の午後。
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